Susan Pinker / なぜ女は昇進を拒むのか

なぜ女は昇進を拒むのか――進化心理学が解く性差のパラドクス

なぜ女は昇進を拒むのか――進化心理学が解く性差のパラドクス

久しぶりに読んだ本の感想など。
(とっくの昔に、Dan Kogai氏がレビューを買いている http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51229157.html ので、ここでは簡単に。)

ここ数年、通俗的な男女の性差((日本語の)ジェンダーじゃなくて、セックスのほうね。)についての本がわりとはやっているようだけれど、これは、もうちょっとつっこんだ内容。
企業のトップに女性が少ないこと、理工系の職業に女性が少なく、医療福祉関係の仕事をする女性が多い、特別な才能を持つ(しかしれには代償もある)人に男性が多いこと、等の理由が、必ずしも社会的文化的性差からではなく、男女の生物学(特に脳(の成長)の差)に起因するという、ポリティカリーにどうなの?と各方面からツッコミが入りそうな内容を正面から捉えた本だ。男性が書いていたら、差別的と叩かれていたに違いない。
結論は直感的には、あたりまえのことを言っているのだけれど、その理由を生物学的、社会学的な研究の紹介、そして筆者自身の多くのインタビューを通してあきらかにしていくものであり、その過程こそが、この本の面白いところだろう。

著者は、カナダ人の臨床心理士の経験を有する発達心理学者で、その経験と知識から、男性(男児)に読み書き障害、アスペルガー症候群ADHDが多いことの理由とそれにより何がもたらされているかを解き、自らもキャリア女性でもあり、他のキャリア女性のインタビューから、多くの女性に見られる共感生の強さと、それが個人レベルで、どのように人生の選択と繋がり、そして社会全体としてどのような影響を与えるかを、比較的平易に、(そして男性である私の目からすると、)読者の共感を引き出すように語られている。

筆者は、脳の発育段階における(特に男性)ホルモンの影響による、男女の脳の違い(このへんは、通俗的な男女の脳の性差本とあまりかわりない内容と思う)と、これからもたらされる男性のバラツキの大きさ(平均すると女子のほうが学業成績はやや良いが、極端に成績の良いものと悪いものは、男性のほうが多いなど。これは成績に限らず、精神的な疾病をはじめ、脳に関するあらゆる局面に存在する。)、男性が平均して競争的であること、一方、女性は男性に比べバラツキが少なく、平均して共感生が高いことを丹念に説く。
そして、これが、現状北米ではガラスの天井がない職場もあるのにもかかわらず、女性自らが個々人の選択としえ出世から自ら降りていくことが多いこと、競争好きの男性が出世していくことを解きあかしていく。

筆者と同様、若いころボーヴォワールの「第二の性」を読んで衝撃を受け、多少はフェミニズムの影響を受けたものとしては、どこまでが生物学的な性差でどこからが社会的文化的性差であるか分らず、自分の行動の基準をどこに置くべきか日頃悩むこともあったけれど、この本を読んでだいぶスッキリと頭が整理されたように思う。卑近な点では、日常生活のいろんな局面において、妻に対してどう対処すればいいか、指針が見えたような気がする。:-)女性の部下にどう接すればよいかということについても。
知的におもしろいだけでなく、実用にも役立つ本だと思う。(How To本じゃないんで、応用は必要だが。)

ところで、社会学的な視点(もある)本にしては、統計的な数字は本文にはあまりでてこない。詳しいことは、参考文献にあたってほしいということなのだろう。そのかわり、注が非常に充実している。そして、(本来こうあるべきだけれど)訳本なのに、注を省略していないことに好感がもてる。
筆者は学者なので、数字バリバリの本も書くことはできたはずだが、一般向けの本ということもあり、この本ではそれを避けたフシがある。それよりも共感してほしいということなんだろうか?(男性である私のうがった見方だろうか?)

それから、アメリカ人の書く、この手のものと微妙に温度差があるように感じたのは、気のせいだろうか。本書全体から主張がやや抑えたトーンであることや、取り上げた事象に対する見方が複眼的で、取り上げかたに陰影があると私には感じられた。内容が平易に書かれているということもあるが、その点でも、私には読みやすかったように思う。ちょっとカナダという国、国民、文化に興味がわいてもきた。