Palm OS

ak さんからコメントも付いたので、さらに CLIE というか、 Palm OS について考えてみた。前回のダイアリーも、読み返してみるとぜんぜんまとまってないし:-p)。でもヨッパライながらなんで、また、まとまらないかも。

前回書いたことだけれど、ケータイに PDA が負けた、と私も含めて、多くの人が簡単に言うけれど、これはどういうことなんだろう。

PDA といっても、Palm あり Pocket PC あり Zaurus ありと、いろいろ沢山の種類があるけれど、PDA ブームの牽引力となったのは、やはり Palm だろう。まず、この Palm がなぜ流行ったかということから、論を進めてみたい。
少なくともその普及の初期においては Palm が流行った理由としては、こんなものが挙げられるだろう。

  1. Palm OS というソフトと Palmバイスというハードのバランスが良かったこと。
  2. HotSync に代表される、PC との連携(PC でできることは PC で、何でも PDA にやらせようとしない設計)
  3. Graffiti という実用的な文字認識技術
  4. シンプルな GUI
  5. 対応ソフトウェア数の急速な伸び
  6. 価格

なかでも、OS とデバイスのバランスというのは非常に重要であったと思う。貧弱で価格の低いデバイスで実用的な機能を提供する。これが Palm OS/Device の最大の他との違いであったと思う。
そして、Palm OS がシンプルであるが故に(ある意味)ソフトが作りやすく*1、対応ソフトが急速に増えたことも流行の大きな一因であったと思う。日々新しいソフトがリリースされる。リリースされるソフトを試すだけで、かなり楽しめる。そしてこららのソフトが与えてくれる「経験*2」は、明らかにそれまで存在しないもので、新鮮で驚きに満ちたものであった。
ソフトの作り手側としても、80年代の Mac がてのひらに載っているようなもので*3、当時、かなり刺激的な存在だったように思う。

とにかく、Palm の普及の初期においては、初めての実用に耐えうる PDA という点で新しく*4であり、サードパーティーからも次々と供給される発展するソフトウェア環境も、それまでにないものだったように思う。
この2点が Palm の普及の大きな原動力だったと思う。

しかし、このような Palm であるが、1999年発売の Palm V で一応の完成を見たように思う。今、思うと画面はモロクロ160*160でマルチメディア機能もなく、メモリスロットも通信環境も持たないが、それでも、PDA に求められる基本的な機能、個人情報の管理という点では、十分に実用的であった。そしてなにより美しいデバイスだった。
一方、この頃になると、PDA に必要とされるソフトも大体出尽くしてきたように思う。ハード/ソフトの両面からも、1999年の段階で、既に Palm は、完成の域に達してしまった。
そして Palm を軸に発展してきた PDA という商品全体としても、このころには、ほぼ完成に向かっていたと言えるだろう。

さて、この完成の域に達しつつあった PDA だが、発展し続けなければ市場は萎む。そこで、残る発展の方向の本命としては、CLIE に見られるエンタテイメント/マルチメディア路線、と当時は思われていたように思う。(前回も書いたけれど、私はそれに懐疑的だったのだが。)しかし CLIE はそちらの方向へ行き、破れた。Palm/Handspring (PalmOne) や Symbianスマートフォンへ行き辛うじて生き残っている。Pocket PC はビジネスユースでそれなりに検討している。これはどういうことだったのだろう(前振が長かったけど、ここからが本題だ)。

Palm の普及で、ソフトが重要な役割を果したことは、上でも伸べたけれど、エンタテイメント/マルチメディア路線で売上げを伸ばすためにも、ソフトウェア、というか(アプリケーションプログラムではない)コンテンツが重要であることは言うまでもない。そして、それを安価で簡便に配布するトータルなシステム作りが大切だ。
端的に言うと、ケータイはこの点で成功し、CLIE にはそれができなかった。iPod は楽曲を安価で簡便に配布するトータルなシステム作りにも成功したが、CLIE には(Walkman にも)それができなかった。これが CLIE が定着しえなかった一番の理由だろう。
副次的には、Palm OS とマルチメディア・プレーヤとしての CLIE のハードウェアの連携がさほど上手くいかなかった*5こと、外部との通信手段が貧弱であったことも、その理由だと思う。
エンタテイメント≒楽しむための機器は、使うのが面倒ではだれも使わない。楽しむために面倒なことをするなど本末転倒だ。その点、日本のケータイは簡便に楽しむための仕組みと課金の仕組みを構築し得た。AppleSony音楽配信のシステムは構築したが*6Sony は魅力的なサービスを提供し得なかった。ATRAC 3 の取り扱いも、ユーザにとっては、面倒なものだった。VAIO を持っていなければ、CLIE での動画の再生も面倒なものだった。簡単に使えなければ普及しない。

まぁ、それよりも世界的 PDA バブルの終焉の要因が大きいとは思うけれど。
このネタ、またもや、ちゃんとまとまらなかった。ので、まだ続くかも。

*1:まぁ、たしかにコーディング量が少なくてすむという点では、ある意味作りやすいのだが、OS としては、いろいろな点で脆弱なので、いろいろ注意点が多かったのも事実だが

*2:最近の IT 用語で Experience というやつね

*3:Palm OSAPI はかなり Mac OS に影響を受けているそうだ。私は Mac でプログラミングしたことがないので良くは知らないが

*4:技術的には既存のものの寄せ集め的ではあるのだけれど。あとこんなこと書くと古くからの Zaurus ユーザに怒られるかな?

*5:ソニーも努力はしたと思う。

*6:Apple は日本ではまだだが